作者自演の非合理性について 2011年04月23日 未分類

 批判(私はアドバイスだと捉えていますが、自演主張者の場合この見方が合致しそうなのでやむを得ずこのように表現させていただきます。注意書き長い)コメントに対する批判が作者の自演だと見られた件について。私の性格が誤解されるのは好ましくないため真っ向からマジレス反論させていただきます。
 まず、作者の自演だと指摘した方々に確認していただきたいことがあります。コメント返信を見ていただけないでしょうか。暗に「え、えへへ、それはちょっと、その、めんどくさいかな」的な返し方をしているものこそあれど、いただいたコメントに対する批判は行っていません。
 送っていただいたコメントは可能な限り全て参考にする宝物です。せっかくの頂き物に批判はいたしません(今回を除く)。
 まずここで例外として、「いつものその対応でたまったストレスの発散」説が挙げられますが、なんといいますか、私はストレスを感じない質です。これについては証明ができないので保留とします。

 さて、返信を見る限り、どうやらこの作者は他人を批判するよりも自分の過ちを再確認するタイプのようです。なおかつ、角を立たせない主義と言えるでしょう。争いを回避することに全力を注いでいるようです。
 なぜそうするのかというと、争いの発生によるメリットのなさ、いえ、デメリットしかないと言い換えることができるかも知れませんが、それを理解していること。次に、ネットの秘匿性による人物確認の難しさが理由として挙げられます。ネット上で自ら争いを起こし、人物確認の不都合によって解決が一向に望めない状況。これほど無意義な時間があるでしょうか。
 おそらく実際に発生する場合、多くは激情による発作的な争いの勃発ではないでしょうか。つまり、キレやすい人物ほどデメリットを被るということです。
 さて、ここで作者のこれまでの反応を窺いますと、批判的なコメントも積極的に募集し、成長の糧にしたりめんどいときはなんとか言い訳してスルーしようと努力しているようです。これは反論によるメリットのなさを理解しているがゆえの行動だと捉えられるのではないでしょうか。

 長くなりましたが産業化すると
・自演の指摘には根拠を持ったほうが互いの精神充足のためによいのではないか。
・そのためにはまず作者の返信スタイルを確認しておけばよいのではないか。
・このマジレスを誘うための単なる煽りだったらマジ残念。


こんな感じです。

 序盤に論じたストレス発散説も激情型とひとまとめにできそうですね。私は喜怒哀楽から怒が抜け落ちてるような存在(あるいは外へ向けて発散せず自己犠牲による収束を目指すタイプ)なのでそれらを行った可能性についても否定しますが、この点については証明できるものではないのでご理解いただけたらいいなあというそんな感じのそんな。


一言要約:作者にとってデメリットしかない行為をあえて実行するのは非合理だし、煽り以外の理由でネガティブコメントをする場合は事前にその作者の返信スタイル(激情型か否か)を確認すると誤解が少なくてよさそうじゃね?

でもそもそも返信を見ないタイプか煽り逃げっぽいし、この返信自体が見てもらえn